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善悪は時なり
善悪は時なり

人は誰でも「自分は正しい」と思って生きています。
時には、そうではないことに気付かされて考え方を変えることもありますが、たいていは一度「自分は正しい」と思い込んだら、それを押し通さなければ気がすまないもののようです。
そしてとことん、相手を批判してしまう…。
政治などの報道番組を見聞きすると、それがよく表れていますね。

でも、そういったことは決して他人事ではなく、私たちはみんなそういうところが大なり小なりありませんか?
言葉に出さなくとも、心の中で批判したり、人の注意を素直に受け入れられなかったり、それっておかしいんじゃないの?と思ったり…。

仏の教えでは、善いとか悪いとかの考えほど頼りなくいい加減なものはないといいます。
立場が変われば、生活環境が変われば、時が変われば、正しいと思っていたことが逆になることがたくさんあるのだよ。だからそんなことにこだわってはいけない。自分の考えだけに縛られるのは愚かなことなのだよと教えてくれる道元の言葉です。

                      紫陽花


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【2009/06/19 19:15 】 | 禅語 | コメント(0) | トラックバック(0) |
任運騰騰
任運騰騰 (にんぬんとうとう)

任運とは運命に任せること。
騰騰とはくよくよせず意気高らかに生きること。
まだ起こりもしない先のことをあれこれ思い悩むより、「今を大事に生きなさい」という教えです。
私達はとかくつまらないことに心を捕らわれがちになり、気にして心配して悩んで…そんなことの繰り返し。
「なるようになるさ~♪」と運を天にまかせて大手を振って、いつもより少し大股で青空の下歩いてみましょう。きっと心も青空、元気が出ますよ。

鮎塩焼き

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【2008/09/26 19:21 】 | 禅語 | コメント(0) | トラックバック(0) |
未徹在
未 徹 在 みてつざい

「未徹在」とは、未だ徹せず、未だに到達できない、まだまだ不十分ということです。
これは一遍上人が若い頃に興国寺の法灯国師に参禅した時、南無阿弥陀仏という念仏についての問答の中で法灯国師から言われた言葉で
「未徹在」つまり「君はまだまだだよ」とたしなめられというものです。
そこで、一遍上人はさらに修行を積んで再び法灯国師の元を訪れ、もう一度自分の見解を申し上げたのですが、それでも国師は「まだまだ」と云われます。
そして
「仏の心と一体になろうとして、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と云っている間はまだまだ。そんな捕われの心から離れ流れる風の音、虫の音、そういう自然のものと一体化してこそ仏の心に通ずるものなのだよ。」
と教えられます。
その教えを受けて、一遍上人はさらに修行に励んだということです。

このように、人生には完成はなく、いつまで経っても到達できないけれども
自分が「未徹在」、まだまだであるということに気付き、迷い、周りに助けられて人生を深めていくということのく大切さ、「未徹在」であるがゆえにまた頑張れるということの大切さを教えてくれる禅語です。

                     さざえ

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【2008/09/12 23:33 】 | 禅語 | コメント(0) | トラックバック(0) |
為君葉葉起清風
為君葉葉起清風
きみがためようようせいふうをおこす

虚堂和尚の三人の弟子が、天台山の国清寺の三隠(寒山、拾得、豊干)の遺蹟を訪れるため師匠に下山のあいさつをしに訪れたときに、虚堂和尚が詠んだとされています。

竹林の葉がさらさらと、清らかな風を送って君たちの門出を祝ってくれているよ。
さあ、何も心配せずに行っておいで。

きっとこんな気持ちだったのでしょう。

私たちは都会の喧騒や人付き合いの中で、様々なストレスを抱えて日々を送っています。
時々は郊外に出て、自然の中に身を置いてみましょう。
木々の間から流れてくる風の、なんと清々しく心地よいことでしょう。
つかの間ですが、それまで自分を取り巻いていた様々なわずらわしさから解き放たれ、心がふっと軽くなるのがわかりますね。

そんなふうに自然の中から力をもらって、また歩きだすのです。
あなたの為に清らかな風がいつでも吹き渡っているのですよ、と勇気付けられる禅語です。

                      洋種山葡萄


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【2008/08/07 20:53 】 | 禅語 | コメント(0) | トラックバック(0) |
好語説き尽すべからず
好語説き尽すべからず
こうごときつくすべからず

「好語説き尽くさば必ずこれを易んず」と続きます。
どんなによい言葉であっても、尊い言葉であっても、細かく説明し過ぎてはいけないよ。
好いと思って説き聞かせても、それが過ぎると聞いている方は安易に受け止めて
言葉の本質がわからず、よさが半減してしまうという意味です。
尊い言葉であっても、軽んじられることもあるでしょう。

好語は、その言葉を受け止めた人が自分で考え、噛みしめ実践してこそ、その人の身となり肉となって好語が好語たりえるのだと教えている禅語です。

                花菖蒲2
 


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【2008/06/11 20:13 】 | 禅語 | コメント(0) | トラックバック(0) |
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