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弄花香満衣
弄花香満衣
(はなをろうすればかおりころもにみつ)
花を摘んでいると、自分の衣もその香りに包まれ、こころまで花と一体となるようで、清々しい気持ちになるよ、という意味です。

「掬水月在手」(水を掬(きく)すれば月手に在り) 掬す=すくうという意

の対句で、秋の夜、川面に両手を入れて、その水をすくって見ると、そこに月が映り、
春の野辺、花をかざし弄(もてあそ)べば衣服いっぱいに花の香りがしみこむ。
美しい自然と人間の一体の姿の世界で、月も花も私も一体であるということです。
つまり両手で水を掬(すく)うと、月さえも掌の中に入って自分と一緒になるよ。
月は月であり、花は花であり、私は私であって、自分と花とは別物なのだけれど一つでなんだなあ、と日常的な営みや遊びから思いがけない喜びを見出す境地を伝えています。

                にりん草

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【2007/04/15 09:04 】 | 禅語 | コメント(5) | トラックバック(0) |
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コメント
物事は・・・
思い一つで如何様にも成り得るものなのですね。
そんな、思考であったり、情緒、感性、があればなぁ~・・・と思います。
いつも身近で必ず在るものとは違って、
思い一つで、本来別々なものとも一体感を得られることが出来る感覚。素敵ですね。
思考が膠着してしまうことの恐ろしさも感じたお話しでした。
それにしても『楚楚』いい言葉ですね。


【2007/04/17 23:24】| URL | 雪仙童子 #jQ1Enq7k[ 編集] |
山野草、好きなんです♪
雪仙童子さん、いつもありがとうございます。
春はどっちを見ても、嬉しくなってしまいますね。
今、ハナミズキの花が咲き出して、私の心はときめいています~。

山野草、しみじみ好きなのですよ。
小さな花が多いのですが、花壇の花より、プランターの花より、野山の花の方が好きですね。
【2007/04/21 01:13】| URL | しゃらら #3GdeFmaY[ 編集] |
野の花、山の花・・・
野にあるから、山にあるから、美しいですね^^
お久しぶりです、しゃらら様。
PC、ぶっ壊れて、携帯生活しておりました^^;
やっと復帰・・・。

【楚々】も死語になってしまうのでしょか?
日本の心のような言葉ですね・・・。
【2007/04/27 20:31】| URL | 緑Mama^^ #nB9jvkMo[ 編集] |
緑Mama^^ さん、こんばんは
お久しぶりです。
私のパソコンも、もう5年は経つので、そろそろ調子が悪くなるのかも…。
でも、そうなった怖いですね~。
【2007/04/30 00:56】| URL | しゃらら #3GdeFmaY[ 編集] |
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【2011/06/30 03:14】| | #[ 編集] |
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